男性が婚約指輪を贈るときはどんな気持ちですか?

某ウェディング系の調査とやらによると、婚約指輪を贈る理由はなんですか?との問いに、

婚約指輪はまず、女性が欲しいものだし、印象に残るし形に残せるから指輪なのだと書かれているのを見ました。でもそれってほんとうにエンゲージリングをお相手に贈る気持ちではない、単なるプレゼントならそうかもしれないけれど、サイズが合わないかもしれないという危険を犯してまで、サプライズにしたい男性の気持ちは、やはりイベント感をマックスに持っていきたいから。

そのためには絶対に悟られない知られてはまずいわけです。着々と準備してオーダーメイドで作って受け取りに行って渡す日を待つということを。

そしてもらう側もサイズが合おうと合うまいと、そういう最大のイベントで気持ちをもらう、彼が盛り上げようと喜びの気持ちを倍にしようとしてくれたその努力をもらうわけです。

そして不吉なサイズ直し。これはどうしてもジュエリーショップが勧める理由がわかりません。だって切ってしまうわけですよ。輪を。和を切って、縁まで切れたら。結婚式では分かれるだの繰り返すだのというタブーがあります。結婚指輪のタブーはサイズ直しの縁切りだと思いますがいかがでしょう。

新しいものを作る意味と新しさを求めるひと

名曲はいつの世までも名曲だし、世の中には音楽もあふれるけれど、音の組合せは無限なのか、新しいいい曲を産み出す創作活動を支えるのはなんなのだろう。そしてなおひとに受け入れられる曲を書くという作曲家のモチベーションってどこからくるのだろう。なぜ新しいものを次々に求められるのか。いつもの同じ曲じゃだめなのか?飽きたら次の曲を聴きたいということ?服を脱ぎ捨て新しい自分になりたいというファッションのサイクルとは似て非なるもの?

結婚っ指輪も。

被服社会学か哲学か

流行とファッションが似たように解釈されているのことに違和感というか、齟齬がある気がしますが、うつろいゆくもの、たえず更新されるということが、くだらない消費サイクルのように言われることに対して、異論があります。

人間には夢や将来のなりたいもの、叶えたい願望だったり目標を設定したりということはだれでもあるし、そういったことを社会において少しでも洗練された人間になろうとして生きているんじゃないかと思います。無人島にたったひとりで、社会というものから孤立無縁であったなら、そうした意識はおきないのかもしれないからです。

社会とは人の中に身をおいているということ。だからどんな恰好でも気にしない、はだかで良いし風呂に入らなくても臭くてもいいし、ひげもそらない髪もぼうぼうでいいのだというひとは社会人からみると受け入れ難いという存在。

社会にあってこうなりたいと思う意志でもって、その日に着るものを選び着替えてでかげていくわけですね。

そこには必ず意志があります。他人に着せられているんじゃない、自分でこういう恰好をしようと選んで自ら着る、装うのです。そしてひとはいつも同じ、みんなと同じではいられないということ。個として社会を構成しています。だからひととちょっと違うけれど同じカテゴリーになる服を選ぶ。

そして着替える、別の服を求めてまた着替えるのです。単にぼろくなったから、ちいさくて着られなくなって服を買い替えているんじゃありませんね。

毎日同じ色を選ばない、毎日同じところで同じことをしない、たまには別の場所にもいくわけです。模様替えも大事。単なる気分転換で部屋の模様替えをするだけではない、もっと前進するために視て聴いて食べて消化して糧とするというあたりまえのことを続けること=着替えること。

意志で着替えているんです。

http://ring.jpn.org義指

規範とか法則への反逆ではなく、ふつうからの脱却

なにかから逸脱したくなる、規範があれば、そこから反れて、逃れていきたくなるというのがファッションのようなのですが、どうも法則とかきまりといったものからはみ出したいという欲求は、普通からふつうでなくなりたいという本能からきているのではないかと思うのです。

普通とは、いつもの、みんなと同じふつう。そのふつうがいつもいつもフツーにすぎていくのは耐えられないのではないかと思うのです。

誇示したいとかみんなより優位にたちた虚栄がファッションだというひとがいるのですが、どうもそうではなさそうです。ふつうではいられない、いつものままの自分だけではいられない、自分じゃないみたいな自分になりたがってひとは生きていくのではないでしょうか。

もっと先へ行きたいのだと。

ファッションも、勉強も仕事も、生活も先へ行きたい、とどまって無意識のままではなく、意志をもって進みたい、変わりたいのではないでしょうか。

だから絶えず何かを更新する。くだらない流行とかファッションは季節ごとに買い替える反エコな消費活動なんかじゃなく、前へ進んでいくのが人間だから、ずっと同じじゃいられないのです。

ジュエリーも。

作法と反発

ひとつ何かのお作法が確立したら、すぐにそれに拘束されまいとする力が働き、また束縛から逃れようときちんとした体系からほつれが始まる。それがファッションの不断の反逆というか反発。はみだしていこうとする勢力のような力学が常に働く磁場がファッション、あるいはモードなのでは。

ファッション心理学というのもあれば被服心理学、ファッション社会学、印象管理というのも哲学のような学問なのだという。

ブラックの結婚指輪

指輪サイズは小さい方がいいの?

花嫁さんのなかには、結婚指輪のサイズまで小さめに注文しようとする、さば読むさば嫁がいるのです。

信じがたいことですが、適正なサイズよりも小さい、きつきつで指が真っ赤になるような指輪を一生懸命はめている。まるでシンデレラの靴を無理やりはこうと、自分のでかい足をねじ込もうとしているように。花婿さんの目が気になるから?それとも、大きいサイズを常にさば読むくせがついているのか、服もそうして無理に自分の身体をとじこめていきているのでしょうか。ファッションとは摩訶不思議。

オーダーメイド

デパートに並べてあるものではなくて、ふたりだけの結婚指輪をあつらえる、イベントのための指輪。記念のための指輪となるように。

黒い指輪: 遊びのあるデザインを取り入れる

エンゲージ無しで、そのぶん、オーダーメイドで少し凝った結婚指輪をあつらえようとした場合、気になるのがその完成までの時間。
目に見えないだけに、とても待ち遠しいものです。出来上がるまでの楽しみとドキドキをどうやって過ごしたらいいのでしょう。
マリッジリングにこそちからを入れてひととちょっと違う、シンプル、それでいてひとひねりあるデザインも主張してみたい。そんな希望も聞いてもらえたりするものなのでしょうか。

デザインのフォルムはオーソドックスなものでも、素材をひとひねりするだけで、誰もみたことのないリングに早変わり。金属のどこにもない色の加工を黒で作ってもらったら、こんなに個性的なリングになることも。

 
 
 

結婚指輪選び

ショップへ行ったときからはじまるのではなく、どこのショップへ足を運ぼうかとあれこれ相談するところからもう始まっているもの。どの街を散策しながら行くのか。あわただしい中、スケジュールを組んでやっとたどりつくも、よし。ゆったりとそこまでの道のりを楽しみながら思い出を増やすもよし。青山、神宮前、銀座。時間の許す限りすべてはふたりが決めていいことなのです。

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結婚指輪について

 

 

 

オーダーメイド

この機会にあえて特注であつらえるのか、いわゆる既製品のなかから、好きなものを選ぶのか。準備期間にもよるけれど、この際どうしても欲しい物がみつからない場合は、自分たちだけのマリッジリングをあつらえるのもいい。
既製品というのは、大量生産されたもの。だからほかのどこかのカップルとかぶっていることになる。見知らぬところで、別のカップルとお揃いの結婚指輪って、どうなんだろう。どこかせめて刻印に何かふたりだけの細工を足してみたり、何かアイテムを加えてみたり、ひとひねり欲しいという人も多いかも。既製品というのは、ある意味作る過程をシステム化され商品として世に送り出されているぶん、生産ラインにのっているので、人気のデザインが商品化されているし、何より価格的にお得。
それに対し、わがままをすべて叶えてもらうオーダーは、打ち合わせを綿密にして、希望を伝え、世の中にどこにもない物を生み出してもらうぶん、材料費だけの低コストの市販品の価格とはかなりちがってくる。そこには、自分の希望を叶える満足感へのプライスも覚悟しておきたい。